私の2社目の会社について・・・

黒色×黄色 ADHD体験記

新卒で入社した警察官を半年以上1年未満で退職しました。このまま、警察官として働くことが肉体的・精神的にきつかったです。通勤する際に、線路に飛び込んだらどうなるか・このままどこかに逃げてしまえば、楽になれると考えるほど、追い込まれていました。
警察官を退職した後に転職活動を行い、第二新卒の枠で転職活動をしましたが、なかなか転職活動がうまくいかなかったです。
大手企業とかには、書類選考で落選し、面接では警察官を1年間で辞めた軟弱者との言葉を吐いた採用面接官もいました。
そんな中、私の人柄を評価してくれたのが2社目の会社でした。

転職した会社について

私は2社目の会社は、2年間勤めました。この2年間は大変でしたし、良い勉強になりました。その会社は、団体職員という分類でした。イメージとしては、独立行政法人や学校法人等に該当します。総社員数は約100名程度の小さな団体でした。
主な業務は、広報活動・対象者の保険営業・地域のイベント業務・金融融資等と幅広い仕事を行っていました。

なぜ団体職員に転職した理由は以下の通りです。
・コロナ禍の影響もありなかなか、好条件の転職先が地元になかった点
・新卒1年以内で辞めたので、大手企業には書類選考で落選してしまった点
・様々な業務を経験することに魅力を感じた点
・一人暮らしを体験してみたかった点(警察官の時は寮生活のため)
・団体職員なので安定していて楽そうなイメージがあった点

等の理由です。
改めて考えてみると安直的に転職先を選んでしまったなぁーと思っています。

会社の雰囲気

私は本部の総務課として勤務しておりました。主に広報やイベント企画の運営・企画の立案をしていました。私は欠員補助で入社したので前任者の業務が担当になりました。普通に新人に企画の立案なんかできませんよね(´;ω;`)
ですが、新人では体験できないような経験を体験ができたので良かったです。
仕事は縦割りで、各々が自分の業務を行うような職場でした。社員同士の仲もあまりよくありませんでした。よく他の社員の陰口が飛び交うような陰湿な職場でした。
また、私が配属された総務課では上司が帰るまでに帰れないという謎のルールが存在していました。残業代は満額もらうことはできませんでしたが、少しでももらえるだけ当時はありがたかったです。
→現在、正常な思考で考えたら、おかしいですよね。
部長に権力が集中していたので私を含め、他の職員もかなり気をつかっていました。しかし、その部長は厳しい人でしたが、合理的な人と頭の回転が良い人でした。

直属の上司に裏切られてしまったもこの時です。

簡潔に要約すると、私の直属の上司は私の手柄は自分の物にし、直属の上司のミスは私に責任を押し付けてくるような人でした。部長が怖い人でも部下に責任転嫁するような大人にはなりたくないですね。後は、私がいないところで根も葉もないうわさで私の印象を悪いように操作するような性根の腐った上司にはならないと誓いました。

評価制度

団体職員なので、どれだけ仕事をしても給料に変化はありません。頑張ったら頑張るだけ損をするような職場でした。私の就職した団体職員は公務員の給料の80%分くらいの給料でした。年功序列で年々昇給するので年を取った職員ほど働かなくなります。
まぁ前職の警察官と同様ですね。

支社への異動辞令

この職場はかなりの人数が離職します。私が退職するまでの間に5名以上の退職者が出ました。1年目の冬頃に支社で欠員が出てしまい、私がその支社の補充員として出向する形になりました。私自身、直属の上司と離れられるので願ったり叶ったりでした。この時は支社に出向するのが嬉しくてたまらなかったです。

この時までは・・・

あとがき

今回はここまでです。
支社に出向した話は次の記事にさせて頂きます。今週の金曜日に投稿予定です。
1年目の職場環境なんて可愛いものです。
まさか支社での上司がここまで常軌を逸しているとは・・・
なんか私、運がついていない?
まぁこれからさすがに運が私を味方してくれると信じています。運は運を掴もうとする者に舞い降りてくると思うので日々努力していきます。実力で掴まなかった時の保険みたいなものの位置づけです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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